従業員の健康増進を通し、生産性や企業価値を高める健康経営をテーマにした「健康経営フォーラム」(新潟日報社主催、新潟大学健康教育イノベーションセンター、アイセック共催)が6月24日、新潟市中央区の新潟日報メディアシップ日報ホールで開かれました。新潟日報社が取り組む「目指せ!!健康寿命日本一。にいがたプロジェクト」の関連事業。各分野の専門家が健康経営の現状や国内の最新動向などを講演したほか、前半、後半に分かれトークセッションも行われました。オンラインを含め約120人が聴講し、健康経営推進のヒントを探りました。(文中敬称略)
※①講演②トークセッション③挨拶・データ編―に分けて紹介します。
<フォーラム出演者>
経済産業省ヘルスケア産業課総括補佐 藤岡雅美氏
社会的健康戦略研究所代表理事 浅野健一郎氏
健康経営アドバイザー 藤田善三氏
新潟大学大学院医歯学総合研究科教授 曽根博仁氏
県健康づくり支援課長 富山順子氏
全国健康保険協会新潟支部長 田中正一氏
ファシリテーター
アイセック代表取締役CEO 木村大地氏
<講演>
◎藤岡氏 環境整えリスク軽減
健康観は移り変わっている。かつて世界保健機関(WHO)では「身体的、精神的、社会的に完璧に良好な状態」としていたが、近年では「自ら管理する能力」と定義されている。健康は目的ではなく手段。何のために健康になるのか、意識してほしい。
一方で健康経営は、社会常識となりつつある。健康経営優良法人(2021年度)で働く従業員数は約770万人で被雇用者のおよそ13%まで拡大している。業種別では、建設業や製造業などが伸びている。
競争力の源泉は時代に伴い「人の量」から「設備投資の金」へと変遷、近年、再び人的投資が議論されている。今後は人数ではなく、技術革新や知的労働のための「人の質」が重要となる。働き方改革で長時間労働が是正される中、従業員を管理するのではなく、生き生きと働ける環境の整備が求められる。健康になることで健康関連のリスクは下がり、1人当たり30万円の損失を削減できる。
新たな施策の展開としては「情報開示の促進」や「従業員の業務パフォーマンスの評価・分析」、自社だけでなく社会全体に取り組みを広げる「スコープの拡大」が挙げられる。
企業は個人を社会的存在と捉え、健康経営の取り組みが社会から評価される。企業、社会、個人という社会システム全体を踏まえ、行動変容の連鎖を生み出すことが大切だ。
◎浅野氏 仕事に誇りや活力を
フジクラという会社で健康経営を立ち上げた。当時「健康経営」という言葉は普及しておらず「元気プロジェクト」と呼んでいた。社の存続に関わる経営課題があり、解決につながる施策として「社員をいかに元気にするか」というミッションがあった。健診や厚生労働省などのデータを使い「元気にする」という課題について分析から始めた。
健康経営とは経営の目的を達成するために使う手法だ。社員が「活(い)き活(い)きと働いている会社」の実現を目的とし「活き活き度」向上という目標を設定した。
「ワークエンゲージメント」を重要業績評価指標(KPI)にした。(1)仕事に誇りとやりがいを持てる(2)熱心に働ける(3)仕事から活力を得られる-で構成される。集中力を上げられる環境をつくり、ITへの過度依存を減らす。やりがいを阻害するものをどう排除するかを考えた。
効果的なチームを形成するには心理的安全性が重要だ。チームをつくったときの関係の質を向上させることで思考や行動の質、結果が良くなる。モチベーションを高めるのに必要なのは「給与」などの衛生的要因より「承認」や「達成」などだ。
健康といえば病気の予防を考えがちだが、健康とは主観的なもので、満足した、不安がない状態だ。差別・風評やハラスメントがない「社会的な健康」を前提に、個人の心や体の健康を考えられる。
大きな意味で健康を捉えた上で、健康経営をどう進めていくかが日本の未来や国民の健康を決めていくのではないか。
◎藤田氏 地域ごとに組織必要
2014年から健康経営の推進に携わっている。当初、経営者、従業員ともにあまり関心がなく、中小企業には、健康経営を進めようという機運はまだなかった。
まずは大企業から取り組みが始まったが、「中小企業は取り残され、健康格差が生まれるのでは」との懸念もあり、健康経営の普及・啓発の仕組みをつくった。また、中小企業診断士や保健師など専門家が中小企業の取り組みを支援するためのプログラムを開発した。
この仕組みを活用した「東京都職域健康促進サポート事業」では、生命保険会社やヘルスケア事業者らと協定を締結、年間1万社を目標に企業を回っている。その中で約100社について、専門家が年間5回まで無料で訪問指導している。また、15年には「健康企業宣言東京推進協議会」を設立。現在は14団体が参加する。地域の推進組織はやはり必要であり、いかに連携するかが課題といえる。
ポストコロナの健康経営にも触れたい。新型コロナウイルスを受け、企業は従業員の体調管理をしっかり行うようになり、従業員の意識も変わった。今後、経営管理の観点から、企業がどう捉えているのか、改めて調査が必要だ。自社の現状、課題を確認の上、いかに経営計画の中で健康経営を進め、生産性を上げるか、企業がやるべきことは多い。
事業計画の策定、労働安全衛生などに対する国や県の各種サポートもあり、積極的に活用してほしい。
◎曽根氏 働き盛りの対策急務
大学病院で糖尿病など生活習慣病の専門医をしている。心筋梗塞や脳卒中、腎不全など健康寿命を短くする重症疾患の元には生活習慣病があり、特に働き盛りの生活習慣病を減らさなくてはいけない。
糖尿病の患者数は急増している。毎年新たに1万6千人が透析に追い込まれ、経済的にも大きな影響を及ぼしている。糖尿病で、働き盛りを突然襲う心筋梗塞、脳卒中などのリスクも上がる。受診情報と特定健診のデータで解析すると、30代の糖尿病の人の心筋梗塞のなりやすさは、糖尿病でない50代と同じだ。また、厚生労働省の調査では糖尿病があっても通院していない人の割合は40歳以下の男性で一番多い。
糖尿病は治療を続ければ透析や心筋梗塞などの合併症をかなり防げる。ただ、健診での早期発見、発見後に速やかに病院に行き治療を始めること、治療を中断しないことの3条件が必要だ。運動量の多い患者では死亡率も低い。食事や禁煙など職場でできることは多く、働き盛りが通院できる環境づくりも大切だ。
県の先進的な取り組みで健診や受診情報のビッグデータから健康寿命延伸などに結びつく分析結果を生み出し、健康に生かす態勢もできつつある。働き盛りの健康は重要な問題だが、医学的にはかなり予防できる。ただ、医療者だけではどうしようもない。企業は強い担い手の一つであり、科学的根拠に基づいて対策が行われなくてはいけない。
◎富山氏 「マスター制度」新設
県はこれまで、さまざまな施策を通し、県民の健康づくりを進めてきた。しかし、「無関心層や働き盛り世代への働き掛けが不十分」との課題があった。健康づくりに取り組みやすい環境の整備が必要と考え、県民運動として「健康立県ヘルスプロモーションプロジェクト」を展開している。
プロジェクトは働く世代をメインターゲットとし、「食生活」「運動」など五つのテーマを設けた。食生活では、県内のスーパーに協力してもらい、おいしくてヘルシーな弁当や総菜を「からだがよろこぶデリ」として販売している。
続いて2019年に創設した「にいがた健康経営推進企業」登録制度を紹介する。「喫煙・飲酒」「健(検)診」など6分野のうち一つ以上実践し、結果を報告してもらう。間口の広い制度であり、登録後、国の健康経営優良法人につながるよう支援している。
登録事業者数は5月初旬時点で800を超え、50人以下の規模が半数以上。建設業が最も多く、インセンティブ(動機付け)である入札時加点制度が要因の一つと思われる。また、健診や飲酒・喫煙の取り組みが増加している。
事業所へのアンケートなどを踏まえ本年度は制度を一部見直し、登録の電子申請化やウェブセミナーの開催、相談窓口の開設などを行う。モチベーション向上へ、積極的な企業を「マスター」に認定する。
企業の協力を得ながら、今後もより一層取り組みやすい制度にしていきたい。
◎田中氏 医療費抑える方策に
全国健康保険協会(協会けんぽ)は全国で242万事業所約4千万人が加入している全国最大の保険者だ。約8割が従業員9人以下の事業所。新潟支部も約3万9千事業所、約80万人が加入している。
協会けんぽの基本使命は加入者の健康増進のほか、健康保険料の負担を減らすという視点もある。保険料率は都道府県ごとに設定しているが、新潟は8年連続で全国一低い。一因は1人当たりの医療費が最も低いことだ。ただ、高齢化や医療の高度化などで医療費は年々増加しており、保険料率を引き上げないと健康保険財政の収支均衡が保てないという見通しもある。
医療費を抑え、保険料率上昇を防ぐための一つが、健康経営の取り組みだ。
例えば特定保健指導は2割ほどの利用にとどまり、高血圧や高血糖で基準値を超えている人の健診後の医療機関受診も2割弱だ。受診しない理由は「症状がない」「お金がない」「時間がない」。従業員本人が健康状態の把握や対策を行うことは難しい。事業主が従業員の健康づくりを進めることが従業員の満足度を高める方策にもなる。
事業主は健康経営を始めたら「健康経営宣言」にエントリーしてほしい。事業所には社内外にアピールするための宣言書や健診結果から健康度を示した「事業所カルテ」などを渡している。健康経営は着実に県内でも広がっている。自治体やマスコミ、関係機関と協力連携を図りながら取り組みをさらに広げたい。
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