top of page

 「誰かのために」はどう育つのか

  • 5 時間前
  • 読了時間: 5分

(2026/9/7)

 「地域枠」と聞いてどのような制度を思い浮かべるでしょうか。「多額の修学資金の貸与と引き換えに地域医療に従事しなければならない入試枠」「医師が不足している地域に医師を派遣する制度」。報道などからそんなイメージを持っている方も多いかもしれません。

 私は臨床医として診療に従事しながら新潟県庁で地域枠をはじめとする医師確保の仕事にも携わっています。しかし、地域枠に関わるほど感じるのは、これは単なる「医師を確保するための制度」ではない、ということです。

 地域枠の本来の目的は地域医療に貢献する医師を「育てる」ことにあります。では、地域医療に貢献する医師とはどのような医師でしょうか。医学の知識や技術はもちろん大切です。しかし、それだけでは十分ではありません。地域にはどんな人がいて、どんな生活をしているのか。社会では今、何が問題になっているのか。そして自分の持つ知識や技術を「誰のために」どう役立てるのか。社会の中に自分を置き「自分に何が求められているのか」「自分の力を誰のために使うのか」を考える力が、これからの医師には大切だと考えています。


                  新潟県地域医療支援センター

                          神田健史・センター長



  医学教育と「社会との接合」

 

 私は医師4年目に佐渡の両津市民病院(当時)に赴任したことが、自分の人生を変えたと思っています。それまで成績や手技のうまさを褒められたことはありましたが「先生にここにいてほしい」と言われたのは両津市民病院が初めてでした。自分の知識や技術だけではなく、自分自身が誰かの役に立っている。そう実感できたことがとても心地よかったのを覚えています。

 新潟県が地域枠の学生たちに伝えようとしているのも医学の知識だけではありません。地域の現場に出て、さまざまな立場の人と話し、地域の課題を考える機会をつくっています。私たちはこうした教育を「社会との接合」と表現しています。学生を医療の世界だけに閉じ込めず社会とつなぎ、その中で「自分には何ができるだろう」と考えてもらうのです。

 こうした新潟県の取り組みは全国の医学教育や医師養成に関わる方々からも注目していただくようになりました。

 一方で最近、この考え方は医学部に入ってから始めるものではないのではないか、と感じています。


               高校生に「社会」を伝えてみると


 私は県教育委員会主催の医学部進学志望者向け「医の道ビルドアップ講座」などで高校生に話をする機会があります。伝えているのは受験のための知識だけではなく、医師が社会で担う役割や地域の課題、そして自分が将来身につける能力を社会のためにどう生かすのか、ということです。

 講義後の感想を読むと、高校生たちの視点が回を重ねるごとに広がっていくことに驚かされます。

 最初は医師と患者さんとの関係を考えていた高校生が、やがて「社会のニーズに応えることが医師の責務」「目の前の患者さんだけでなく社会全体にも目を向ける必要がある」と考え、さらには解決困難な課題には「社会システムそのものから変えていく」必要がある、とまで書くようになりました。

 「医師になりたい」という自分の夢が、「医師になって誰かの役に立ちたい」「社会のために自分には何ができるだろう」という問いへ広がっていくのです。「誰かのために自分の力を使いたい」という思いは、大人になった瞬間、突然生まれるものではないのでしょう。

自分とは異なる人と出会い、知らなかった暮らしや社会の課題を知り、「自分にもできることがある」と気づく。そんな経験の積み重ねによって、「誰かのために」は育っていくのだと思います。


  社会と出会う人を育てる


 そして、これは医師だけに必要なことではありません。会社員でも、公務員でも、教師でも、技術者でも、自分の持つ力を「社会のためにどう使うか」を考えられる人は、これからますます大切になるでしょう。だから私は小学校、中学校の頃から、子どもたちがさまざまなコミュニティーと接する機会をもっと増やしてほしいと思っています。

 学校と家庭だけでなく、高齢者、働く人、地域活動をしている人、障害のある人、外国から来た人など、異なる背景を持つ人たちと出会う。社会の多様さを知り、自分もその一員なのだと感じる。そして「コミュニティーの一員として自分自身を見つめ『自分には何ができるだろう』と考える」―。そんな経験が、学力だけでは測ることのできない「人としての力」を育てるのだと思います。

 それもまた、大切な「社会教育」ではないでしょうか。

 地域枠という制度に携わりながら、私がたどり着いたのは、意外にも医学部に入るずっと前の教育の大切さでした。社会に貢献する医師を育てる。その第一歩は、医師を育てることではなく、社会と出会う人を育てることなのかもしれません。


神田先生の講演資料の一部。地域医療への熱い思いを若者に伝えている
神田先生の講演資料の一部。地域医療への熱い思いを若者に伝えている


かんだ・たけふみ 新潟市出身。1999年、自治医科大学卒。2002年から主に佐渡島の地域医療に従事。08年から自治医科大学地域医療学センター助教。15年から新潟県庁地域医療支援センター長。17年から新潟市で在宅療養支援診療所を開業。現在行政医、開業医、複数大学の非常勤講師等を兼務。

 次回は、実際に医師になりながらこだわりを持って医師以外の世界に飛び込み、医療のあるべき姿を考え続けている、尊敬する研修医の板垣結人(いたがき・ゆうと)先生を紹介します。板垣先生は現在、上越市にある県立中央病院で臨床研修をしています。

協力:株式会社メディレボ







 
 
 

コメント


bottom of page