認知症の人が配膳スタッフとして接客する「注文をまちがえる料理店」。失敗しても笑い合える活動が全国的に広がりを見せている。一般社団法人「注文をまちがえる料理店」の和田行男理事長が、誕生までの経緯やその理念について語った。
「注文をまちがえる料理店」理事長
和田 行男さん
わだ・ゆきお 1955年、高知県生まれ。日本国有鉄道(現JRグループ)勤務を経て87年、介護業界へ転身。東京都内初となる認知症高齢者グループホームの施設長などを務める。2003年、大起エンゼルヘルプに入社。介護保険事業や地域包括支援センターの統括、施設の新規開設などに携わる。18年4月から現職。
意思尊重 できることはやる
まずは「注文をまちがえる料理店」に行き着いた理由を知ってもらいたい。私は国鉄マン時代、障害のある人が列車で旅する企画に携わった。当時はまだ街中に施設が整備されておらず、障害者は外に出なかった時代。ところが、旅を重ねるたびに、専用トイレができ、駅にはエスカレーターが設けられた。障害者自らが殻を破って、まちに出掛けたことで社会が動き始めた。
■選択肢なしに疑念
「周囲の迷惑になる」という理由で以前は、介護される人の手足をベッドに縛り付ける病院や施設があった。これは「自分の意思を行動に移すことをとめられている」状態だ。縛ることだけが問題ではなく、鍵をかけて閉じ込めたり、薬で行動を押さえつけたりするなど人権問題は起こっているが、介護現場だけで解決できる問題でもない。
かつて介護施設では入浴時、男女の「混浴」が強いられてきた。そこには選択肢はない。強制的に入所させられ、服や髪型は施設側が決める。これに疑念を抱き1999年、認知症高齢者グループホーム「こもれび」の施設長になった。そこでは利用者が献立を考え、買い物や調理、掃除、洗濯をする。能力や意思があり、サポートがあれば金銭を得られるのに、環境がないのはおかしい。自分ができることは自分でする。それが当たり前のことだ。
「注文をまちがえる料理店」が生まれたきっかけは2012年、NHKのドキュメンタリー番組の取材だった。名古屋市の新設グループホームの入居者はひき肉でハンバーグを作るつもりだったが、出来上がったのは餃子。しかも、みんな「うまい」と言って食べている。その出来事から、ディレクターの小国士朗さんにアイデアが浮かんだ。何度も注文を聞き直し、お勘定を間違えるお好み焼き屋のエピソードを私が話したのも、小国さんの頭の中にあったのかもしれない。
■働く場をつくる
それから3年後、小国さんと再会した際、認知症になっても働ける社会を思い描き、「料理店をやろう」となった。世界的なクリエーターらが集まり、17年に期間限定で実現した。家族からは「認知症になったことを嘆くだけではなく、本人のすてきな姿が見られた」という声も聞かれた。各国のメディアが報道し、さまざまな賞をもらったが、大切なのは日本の認知症支援の取り組みが世界に広がっていくことだ。
この取り組みは、日本各地でも拡大し、学園祭や一般の店舗でも開催された。舌を出した「てへぺろマーク」を使ってもらうことでつながりを持っている。認知症の方々が人生をあきらめることなく、最期まで日本人の一人として生きていけるよう、これからも模索していきたい。
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