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 私の二刀流

  • ma-hara3
  • 12 分前
  • 読了時間: 3分

(2026/2/5)

 私の勤務する新潟リハビリテーション病院は、2001年に開院しました。

 「地域で人を支え、人生を支える医療を届けたい」―。その理念のもと、質の高いリハビリテーション医療を基盤に、近年は人工関節やスポーツ整形の分野にも積極的に取り組んでいます。




 

新潟リハビリテーション病院

山本 智章院長 


      




 病院を離れた医療


 その象徴が、メディカルフィットネス「ロコパーク」です。

 

 現在、600名を超える地域の皆さんが日常的に運動に取り組み、笑顔と活気があふれる場所となっています。楽しそうに集う声を聞くたびに、医療は病院の中だけで完結するものではないと、改めて実感しています。

この臨床現場から、私の「二刀流」の挑戦は始まりました。


 


 「野球医学」とともに


 成長期の野球ひじを重症化させない―。その思いから、2005年に「野球障害ケア新潟ネットワーク」を立ち上げ、野球ひじ検診を開始しました。以来、延べ2万5000人を超える子どもたちのひじを診てきました。

 この活動は次第に野球団体との協働へと発展し、高校野球における球数制限の提言にもつながっています。

 かつて検診を受けた野球少年が成長し、野球界で活躍する姿を見ること。さらに、医療を志し、次世代のスポーツ医学を担う若者が現れていること。予防医療を「続けてきた意味」を今、強く感じています。

 昨年からは新潟県野球連盟の会長を拝命し、野球医学は私のライフワークとなりました。昨年は新潟市早起き野球大会3部で、自ら大会実行委員長を務め、新潟リハビリテーション病院チームが優勝しました。もちろん、DHとしてフル出場です。



 高齢者の骨折を防ぐ


 一方で私は、大学院時代に新潟大学整形外科・高橋栄明名誉教授から骨代謝研究のテーマをいただき、米国ユタ大学で骨粗鬆(こつそしょう)症研究に没頭しました。動物実験室で毎日行っていたマウスへの注射が、やがて臨床の現場で人の骨を守る治療薬へとつながっていくその過程を目の当たりにし、医学の進歩と研究の力を肌で感じました。

 高齢者の骨折を防ぐため、英国で行われていた骨折リエゾンサービス(FLS)を日本で先駆けて導入し、16年には国際認証を取得、日本初の病院となりました。さらに、日本脆弱性骨折ネットワークを立ち上げ、全国の医療機関と連携を進めた結果、22年の診療報酬改定に反映させることができました。

 そして26年9月11日から13日、第28回日本骨粗鬆症学会を朱鷺メッセで開催します。「骨を愛そう 新潟で」をスローガンに、全国から約7,000人の参加者を迎える予定です。

 子どもたちの未来を守る野球医学と、高齢者の人生を支える骨粗鬆症医療。

現場から始まり、社会を動かす―。私の二刀流の挑戦は、これからも続いていきます。



【略歴】やまもと・のりあき 長野県長野市生まれ。1985年新潟大学医学部卒業。同年新潟大学整形外科、2001年から新潟リハビリテーション病院、09年から同病院院長。第28回日本骨粗鬆粗症学会(2026年9月開催予定)の会長を務める。オイシックス新潟アルビレックスBC・新潟アルビレックスBBチームドクター、野球障害ケア新潟ネットワーク代表理事。日本整形外科学会、日本骨粗鬆症学会所属。



 次回は長岡赤十字病院腎臓・膠原病内科の佐伯敬子先生です。佐伯先生は、山本先生と新潟大学医学部の同期でもあります。腎臓病の権威で、世界的な論文も書いています。6月に開かれる日本内科学会信越地方会の会長を務めます。

協力:株式会社メディレボ









 
 
 

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