私と総合診療科
- ma-hara3
- 2025年12月10日
- 読了時間: 5分
(2025/12/11)

私は新潟大学医学部を卒業し、内科となりました。専門は呼吸器内科で、20年経過した後、総合診療医として第二のキャリアをスタートしました。その後は呼吸器専門医と総合診療医の二足のわらじを続けて、昨年の春に大学病院の総合診療科を定年退職しました。現在は大学病院総合診療科の非常勤医師のほか、新潟県内複数の医療機関で、総合内科や呼吸器内科の外来を担当しています。
「総合診療科/医」は、だいぶ知られた存在になりつつありますが、内科、外科や小児科、精神科などの診療科と違って、よく分からないと思う方も多いと思います。日本では、約50年前に、従来のどの診療科とも直接の関係を持たず、いわゆる専門医療の谷間にあるため、十分な医療を受けることができない患者さんに対する医療として設立され、その後高度先進医療と併存しつつ「患者中心の医療」をその中核として発展してきたものです。新潟県では、21世紀に入ってから各種医療機関に総合診療科、ないしはそれに準ずる診療科が徐々に設けられました。
総合診療は、患者さんにとってその医療サービスを受けやすい、すなわち垣根の低い存在であること。そして、全ての科目・予防から治療、リハビリまでの広範なサービスまでといった広範な領域を対象とすることを目指しています。また、他の診療科や他の医療職と協調することを大切にし、「病気の時も健康な時も」「入院している時も自宅療養している時も」いつも患者さんに寄り添うことを考えるように努めています。これら総合診療の目標は、各種医療機関の置かれた立場により多少は変動しますが、目指す方向性は同じものです。
新潟大学医歯学総合病院総合研修部 総合診療科 特任専門員
長谷川 隆志
対象は広く 患者本位
総合診療医と各種専門医の関係で、気になっていることが二つあります。最近、「19番目のカルテ」という漫画をドラマ化した番組の存在を知り、その放送をビデオ録画で見ました。漫画や放送という医療以外の立場からの「総合診療科/医」に対する希望や理解を垣間見た気がしました。「医療を求めて来られた人の健康に関する全ての問題点を、その方の『言葉』を拝聴しながら理解し分析を加えて、患者さんを、病気がある1人の人間として考え、すべての問題点を患者さんと一緒になって解決してゆく」、そのような願いをもって「総合診療科」は捉えられていると思いました。
「総合診療科/医」に対して共感的な期待を持っていただけることは、大変に光栄なことと思った次第です。
しかし、現実では多少困惑していることがあります。現在、私は病院で実習を行う医学部学生への教育も多少は行っています。そこでは学生に対して、総合診療医のみならず全ての医師は、訪れる患者さんを「病気にかかった1人の人間をして癒やすこと」を目標とし、単に病気そのものを治すとは考えないことを理解してもらっています。確かに、医療の専門性が高度になればなるほど「病気を治す」ことに集中する傾向は否めませんが、患者さんはどのような専門医に対しても総合診療医と同じような期待を持っても構わないし、各専門医もその期待に応じれるように努力すべきだと思います。
専門性あってこそ

次は総合診療科/医サイドの問題点です。総合診療医の一部に、「総合診療医はおおよその病気の詳細、症状や検査方法、治療方法を把握しており、少数の例外を除いて専門医の活躍する場面は少ない」という考えを持つ方が存在することです。各種の病気に関して、その病気に関した症状・検査・診断・治療などが最新のレベルで集約された、非専門医向けの「ガイドライン」が出版されています。これはその病気の専門家が集まり、慎重な作業を経て作成されるものであり、各種のガイドライン掲載のレベルの知識や技術を習得すれば、確かに総合診療医としての活躍はかなり期待できると思われます。しかし、そこで欠けてくることがあります。「専門性」に対するrespect(敬意)です。私は、前述のように、途中から総合診療医としても働くことになりましたが、元の呼吸器専門医を廃業したわけではなく、呼吸器疾患のガイドラインの作成にも関与していますので、専門的な観点から、そのガイドラインにはわざと触れなかった点や平均的・無難なことを選択したことなど、通常では理解できない「ガイドラインの裏技」が存在することを知っています。従って、呼吸器以外の、例えば高血圧や糖尿病、リウマチといったガイドラインを熟知したといっても、専門医はそれなりの深い理解と知恵があるといった気持ちを大切にすると思います。私の年代の総合診療医は、その前に何かしらの専門医を経験していますので、「専門性」に対するrespectを失う可能性は少ないと思いますので、専門医と総合診療医の連携はうまく取れると思っています。不安があるのは、初めから総合診療を目指す、すなわち専門医の経験がない総合診療医に対してです。杞憂に終われば良いと思っています。有効な対策が行われることを期待しています。
大学医学部と大学病院は、医療自体を学問、学術にする宿命を持っています。昨年の春に「卒業」しましたので(まだ、少しだけ医学教育や診療の手伝いをしていますが)、その宿命から解放された気分です。これからは、直接患者さんと向き合う仕事に集中して、新潟の医療発展に少しでも役立ちたいと思っています。
(2025.12.11掲載)
【略暦】はせがわ・たかし 山形県山形市出身。1985年新潟大学医学部卒業 同大第二内科(現呼吸器感染症内科)に入局。94年米国ユタ大学呼吸器内科留学。2005年新潟大学病院総合診療科准教授、14年新潟大学医歯学総合病院教授、24年に退職。現在は新潟大学病院病院の非常勤、新潟県内の複数の医療機関で内科・呼吸器内科の診療に携わっている。
次回は新潟医療福祉大教授の大森豪(おおもり・ごう)先生です。大森先生は長谷川先生の医学部学生時代からの親友で、医学部の試験や医師国家試験なども一緒に受けていて、その後の打ち上げなども常に一緒でした。医師になっても交流はありましたが、新潟大学以外で同じ医療機関で働いたことはありませんでした。卒業後40年を経て新潟リハビリテーション病院の外来診療を診療室一つ隔てたすぐ近くで働いています。専門は整形外科、スポーツ医学に造詣が深く、アルビレックス新潟の初代チームドクターを務めました。
協力:株式会社メディレボ


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